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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5502号 判決 1984年4月27日

原告

倉持孝子

原告

倉持大介

右法定代理人親権者母

倉持孝子

原告

倉持廣子

右原告ら訴訟代理人

熊谷尚之

高島照夫

中川泰夫

田中美春

被告

社会福祉法人大阪暁明館

右代表者理事

天野利三郎

右訴訟代理人

石田好孝

被告

中西義章

右訴訟代理人

前川信夫

主文

一  被告らは、各自、原告倉持孝子に対し、金一九二一万三〇八九円及び内金一八〇一万三〇八九円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告倉持大介に対し、金三一四二万六一七八円及び内金三〇〇二万六一七八円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告倉持廣子に対し、金一六一万四四〇〇円及び内金一三一万四四〇〇円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告倉持孝子に対し、金二五八七万九九九六円及び内金二四六七万九九九六円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告倉持大介に対し、金四〇七五万九九九三円及び内金三九三五万九九九三円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告倉持廣子に対し、金五七一万四四〇〇円及び内金五三一万四四〇〇円に対する昭和五五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告倉持孝子(以下「原告孝子」という。)は亡倉持龍介(以下「龍介」という。)の妻であり、原告倉持大介(以下「原告大介」という。)は龍介と原告孝子との間に生まれた長男であり、原告倉持廣子(以下「原告廣子」という。)は龍介の母である。

(二) 被告社会福祉法人大阪暁明館(以下「被告病院」という。)は肩書住所地において大阪暁明館病院という名称で病院を経営している社会福祉法人であり、被告中西義章(以下「被告中西」という。)は被告病院の院長として同病院に勤務する医師である。

2  龍介の死亡

龍介は、昭和五四年六月六日、被告病院との間で医療契約を締結し、同月七日から被告病院に入院して気管支喘息という診断のもとに治療を受けていたが、同年八月三日午前四時三分ごろ心不全により被告病院において死亡した。<以下、事実省略>

理由

第一請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

第二龍介の症状及び本件診療の経緯

一被告病院に来院するまでの龍介の症状

<証拠>によれば、龍介は、昭和五四年三月中旬ごろから朝方咳が出るようになり、大場クリニックで気管支炎の診断のもと通院治療していたが、当初は咳は短時間でおさまつていた。同年五月四日早朝、咳がひどく息ができない状態であつたため、龍介は、救急病院である小川病院に運ばれネオフィリン入り筋肉注射を受けたが、気管支喘息の疑いがあるとして専門医の精密検査を受けることを指示された。しかし、その後は朝方の咳がおさまらないため、龍介は、同年五月一四日に大阪厚生年金病院で一般検査及び診察を受けたところ、気管支喘息と診断された。そして、同月三〇日午前三時ごろから喘息発作が始まつたため、龍介は、同病院で治療を受けネオフィリン静注のほか、気管支拡張剤や消炎剤等七日分の投与を受けた。なお、その当時の龍介の状態は、咳は頻回であつたが起坐呼吸をするまでのことはなく、右通院治療中も、株式会社コーエイ美術社に出社して平常どおり勤務しており、仕事を休むことはなかつた。

二被告病院における龍介の症状及び診療の経過

1  当事者間に争いのない事実

昭和五四年六月六日、龍介が被告病院で被告中西の初診を受けたこと、その際被告中西が龍介の病名を気管支喘息と診断したこと、同月七日午後二時ごろ、龍介は被告病院に入院したこと、龍介が、七月四日、外泊許可を受けて帰宅し、いつたん退院したところ、翌五日発作が起こり再度被告病院に入院したこと、七月二七日ごろから発作が激しくなつたこと、龍介が八月三日午前四時三分に死亡したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ<る。>

(一) 昭和五四年六月六日午前、龍介は自ら車を運転して被告病院に行き、被告中西の診断を受けたが、右初診時の龍介の症状は咳がひどく呼吸が苦しそうであり、咽頭部発赤が見られた。そこで、被告中西は、問診及び聴打診の上、血圧測定、胸部X線撮影、検尿、心電図、簡易肺機能、血液等の各種検査をしたところ、心電図検査によれば、冠状動脈循環不全を呈し、簡易肺機能検査によれば、パーセントVC(肺活量)が67.4、一秒率が48.4を示していた。以上の所見から、被告中西は気管支喘息と診断し、龍介に対し、翌日から二週間の予定で入院することを指示し、当面の治療として五%ブドウ糖三〇〇ccに水溶性ハイドロコートン(副ス剤)一〇〇mg、クロマイサクシネート(抗生物質)、強ミノc(消炎脱感作剤)等を混入した点滴を施行するとともに、ヒスタグロビンを投与し、IPPB(間歇的陽圧吸入法)により酸素を三〇分吸入させた上、龍介を帰宅させた。

なお、同日施行した血液検査の結果、白血球数は九〇〇〇/mmであり、白血球分類のうちエオジンは五であつた。

(二) 龍介は、六月七日に独歩で被告病院に入院した。入院時の状態は、体温36.8度、脈搏七二、血圧一一二/七〇で呼吸困難、咳ともになかつたが咽頭部発赤が直らず胸部呼吸音は両側とも粗く呼気が延長していたので、被告中西は、前日と同様にハイドロコートン一〇〇g入り点滴、ヒスタグロビン筋注、問歇的陽圧吸入法を実施したほか、ブリカニール、イソパールP(気管支拡張剤)、ヂヒドロコデイン、杏セ水、フラベリック(鎮咳剤)、ペルサンチン(心臓環カン強化剤)、ストメリンD(喘息吸入剤)等を投与した。なお、龍介は、夕刻から通常食を摂取した。

(三) 六月八日、龍介が「毎朝五時ごろになると咳が出て苦しくなる。」と訴えるので、被告中西は諸検査のため採血をした後、ハイドロコートン一〇〇mg入りの点滴を施行し、また、ヒスタグロビンを投与した。しかし龍介は午後六時の点滴中に倦怠感を訴えたため、点滴中のハイドロコートンの投与を中止してネオフィリン一〇ccと交換した。なお、同日の臨床化学報告書によれば、カリウム値は三であり、正常値(3.6〜4.9)よりやや低かつたが、被告中西は一時的なものと判断し、低カリウム血症発症の可能性を全く疑わなかつた。

六月九日、一〇日、被告中西は、ネオフィリン入り点滴及び酸素吸入を開始し、ヒスタグロビンを投与したところ、龍介が咽頭痛及び頭痛を訴え、熱感、顔面紅潮、顔面発疹が発生し痒感を訴えたため、リンデロンVIG軟膏を投与した。

(四) 六月一四日、軽度の喘嗚発作のため、被告中西はストメリンDを噴霧して発作を緩和させたが、悪感、全身倦怠、咳が発症し気分不快を訴えたので、酸素一lを放流して安静にさせた。しかし喘嗚発作は治らず呼吸困難となつたため、被告中西はネオフィリン入りの静注及びソルコーテフ一〇〇mg入りの静注を再開したが、喘嗚が少々軽減したのみで苦しいのは治らなかつた。そして六月一五日には、咳、喘嗚発作が強くなり呼吸困難となつたため、被告中西は酸素1.5l放流の上ネオフィリン入り静注及びソルコーテフ一〇〇mg入り静注を施行すると共にヒスタグロビンを同日より一週間投与し、ソルコーテフも追加するよう指示し、ヒスタグロビンを追加投与した。以後、六月一六日から同月一八日まで、被告中西はネオフィリン入り点滴とヒスタグロビン投与及びソルコーテフ一〇〇mg入り点滴を施行したが、喘嗚発作は軽快せず、咳、呼吸困難が続き、全身倦怠感、胸内苦悶を訴えた。そこで、同月一八日、被告中西は、水薬としてリンデロンシロップ(副ス剤)ほか抗生物質、去痰剤の投与及びソルコーテフ一〇〇mgの追加を指示し、同月一九日以降も、ネオフィリン入り点滴及びソルコーテフ一〇〇mg入り点滴を施行し、ヒスタグロビンを投与し、酸素放流を続けたが、龍介の前記症状は軽快せず、かえつて同月二〇日には心雑音が強度となり、龍介は呼吸困難、胸内苦悶、咳、喀痰のため「死にそうだ」と訴える程になつた。しかし、被告中西はその後も前同様の投与を続けたため、前記症状はさらに強くなり、指爪チアノーゼ、冷感の症状が発症したため、被告中西は、ヒスタグロビン及びソルコーテフの投与をいつたん中止させた。しかし、約一時間半後、被告中西は、ネオフィリン一〇cc、ハイドロコートン一〇〇mg入り点滴を施行したところ、龍介は、大声で「死ぬ。点滴を抜いてくれ。」と興奮し、苦しさのあまり点滴の注射針を体動で自然に抜去したので、その後ケフリン二g入り点滴を施行した。

(五) 六月二一日から七月一日まで、被告中西は龍介に対して、ネオフィリン、ハイドロコートン入り点滴を主体とした治療を続けたところ、症状は全般に軽快し、一時気分良好の日が続いた。なお、被告中西は、六月二一日から尿量測定を開始し、咽頭痛に対してトローチを投与し、六月二四日に発生した胃痛に対してブスコパンを投与し、咳を鎮めるため再び杏セ水の飲用を指示した。六月二七日には龍介の両下腿部の血管が硬化し炎症著明で痒感を訴えたため、被告中西はヒルロイド軟膏を塗布した。

六月二八日、被告中西はネオフィリン、ハイドロコートン点滴を施行したが異常がなく症状がやや軽快したのでケフリン二gの投与を中止した。そして六月三〇日、龍介は被告中西から七月一日までの外泊許可をとり自宅に帰つた。七月二日からは被告中西はハイドロコートンの投与を中止しネオフィリン入り点滴を施行したが、龍介の気分は良好であり症状は良かつたので、龍介は七月四日をもつていつたん退院した。

(六) ところが、七月五日早朝より再び以前と同様の喘息発作が起こつたため、龍介は、右同日再度被告病院に入院したが、入院時の状態は体温37.1度、脈搏九〇、血圧一三二/七八で顔色不良、咳、喀痰、胸内苦悶があり、同日は同様の症状が続いたので、被告中西は龍介に対し、ハイドロコートン一〇〇g入り点滴を行い、ストメリン(吸入剤)等を投与した。そして七月六日から同月二七日まで、被告中西は、龍介に対しネオM入り静注又はソルコーテフ静注、ハイドロコートン入り点滴並びに気管支拡張剤の頓服の服用等を施行したが、龍介の症状は軽快せず、七月二七日には喘嗚発作、胸内苦悶の症状が重くなつたので、右ソルコーテフ一〇〇mg静注のほかヒスタグロビンの投与を再開し、七月二八日にはアミノフィリンの静注をした。しかし胸内苦悶は緩和せず、龍介は全身倦怠感、不眠を訴え症状が悪化したので同日から通常食を流動食に変更した。その後、被告中西は、ネオフィリン入り点滴とヒスタグロビンの投与又はソルコーテフ一〇〇mg入り点滴とヒスタグロビンを投与したが、点滴途中で龍介が胸内苦悶を訴え中止を希望したため、被告中西は右点滴及びヒスタグロビンの投与を中止し、以後の点滴液をネオフィリン一〇ccからネオM二ccに変更し、ハイドロコートンの投与を中止した。

しかし七月二九日になつても龍介の症状は悪化の一途をたどり、歩行困難なため尿器を使用せざるを得ないようになり、起坐呼吸で酸素吸入中も自制できなかつた。そして原告孝子が面会に来た午前一一時二〇分ごろには朝食全粥中等量摂取したが、依然として喘嗚及び胸内苦悶があり、起坐位の方が楽で眠くてたまらないがしんどくて眠れないと訴え、更に起立が全く困難で、吸気ができず腹式呼吸も全くできず自分でも呼吸するのがまちがつているのではないかと訴えるまでに至つた。

(七) そして七月三〇日には龍介は「息ができないが胸苦ではない。」と訴えたので、被告中西は酸素放流を三lに増量し、アミノフィリン一〇cc静注、ネオM入り点滴及びソルコーテフ一〇〇mg入り点滴を施行し、加えて、ヒスタグロビンを注射したが、点滴約三分の一位で龍介は喘嗚発作があり胸部笛声音が認められたので点滴を中止し、しばらくの間副ス剤を使用せず経過観察することとし、ネオMを静注した。ところが、龍介は全身発汗し、苦悶状態は最大となり爪甲チアノーゼまで現われ興奮状態となつて暴れ顔面蒼白となつたため、宮本医師が急診し、ウインタミンを点滴中側管より投与し、酸素バッグで人工呼吸し、ピューリタン吸入を行つたが、龍介は吸入を拒否し再び激しく暴れたため点滴を一時中止した。その後も、龍介は、顔面蒼白、爪甲色不良、四肢冷感、左上肢痙攣の重篤状態となつたため、被告中西はピューリタン吸入で酸素吸入を行うと共にアレベール(気管支拡張剤)やトリプシン(蛋白分解酵素)の吸入を行い、午後六時五分には心臓の状態を把握するためモニター装着を開始し、午後七時には宮本医師の指示でデキサメサゾン一〇mg(副ス剤)入り点滴を再開した。しかし龍介はうめき声を出し、その苦悶は最大となり、体温も次第に上昇し、発汗を伴う不整頻脈となり、午後一〇時五六分には宮本医師が喀痰排出のため吸引を施行したところ、茶色粘調吐物を多量に排出し、その後も宮本医師の指示で同夜より翌朝にかけて半時間ないし一時間おきに吸引を施行したが、その都度同様の茶褐色粘調吐物を多量に排出した。七月三一日宮本医師は龍介に対し、ウインタミン注射のほかネオM入り点滴を施行し、タチオン、グロンサン等を点滴内に追加した。その後、龍介は茶褐色胃液等の吐物を多量に排出し四肢に発汗があり、脈搏やや微弱気味で不整脈であり時々全身痙攣があつたので、被告中西はパニアイシンを注射し、尿素窒素、アンモニア、採血検査を行つた。その後の吸引施行でも茶褐色胃液嘔吐や鼻腔より白色粘調痰が多量に排出され、龍介は、「あーあー」とうめき声をあげたり意識もうろう状態となつた。そこで被告中西は、従来の点滴液中に強心剤や血圧上昇剤等を投入し、また抗生物質や強心昇圧剤を投与するとともに解毒剤や脳機能回復剤、副ス剤等を含めた持続点滴を開始すると共に吸引施行により前同様茶褐色吐物や胃液を排出させたため、龍介は高温となり呼吸促進するなど全身状態は極めて悪化した。

(八) そして、八月二日午後三時には龍介は前頸、胸部に発疹、胃部に痛みが発生し下腹部がやや緊満となり口唇色はすぐれず咳とともに緑黒色吐物をたびたび嘔吐し脱水症状が激しくなつたため、宮本医師が即座に心電図検査を行い、点滴をしたところ、腸雑音が聴取されなかつたので低カリウム血症の発症を疑い点滴中にコンクライト(カリウム剤)を追加し点滴の速度を早くした。しかし同日夕刻から夜間にかけて龍介は血圧も下降気味となり、暗緑色吐物の嘔吐が続き八月三日午前零時にはうわ言をしきりに言うようになり、午前三時一五分には一般状態が急変し、血圧も四六mm/Hg以下と極度に低下したため、酸素吸入を増量しモニターを再開すると共に当直の李医師が、強心剤を心腔内に注射し心臓マッサージを行う等の処置を施したが、龍介は、顔面蒼白で脈搏がほとんど触れずコーヒー様残渣物を多量に嘔吐し口唇及び爪甲にチアノーゼがあらわれ、午前四時三分急性心不全により死亡した。

第三被告中西の過失

一病名鑑別の当否

1  まず、原告らは、被告中西が病名確定のため医学上必要とされる検査・鑑別方法を全くなさなかつた旨主張するが、前記認定のとおり、被告中西は初診時において龍介に対し、問診、聴打診をした上、胸部X線撮影、簡易肺機能、心電図、血液検査等を行つているから右原告らの主張は失当である。

2  そこで、被告中西が龍介を気管支喘息と診断したことにつき、誤まりがあつたかについて検討するに、まず、鑑定の結果によれば、気管支喘息とは、種々の刺激に対して気道の反応性が亢進している状態であり、広範な気道狭窄によつて種々の症状を現わす疾患で、この狭窄は自然あるいは治療によりその強さが変化する(可逆性)ことが認められ、<証拠>(金子光ほか編集「成人看護学Ⅱ」、堀内淑彦編集「内科シリーズ」No.一二「気管支喘息のすべて」中の宮本昭正著「Ⅳ治療―気管支喘息治療の原則」)には、気管支喘息につきほぼ右と同様の定義がなされていることが認められる。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、龍介は被告病院で診断を受ける以前に小川病院や大阪厚生年金病院で既に気管支喘息又はその疑いがあるとの診断を受けていること、また、被告病院でも咳がひどく呼吸困難を訴えており、簡易肺機能の結果高度の気道狭窄が存在していたなど喘息特有の症状が現われていたことが認められ、その他鑑定の結果を考え併せると、被告中西が龍介を気管支喘息と診断したことに誤りはないものというべきであり、この点に関する原告らの主張は失当である。

二副ス剤投与方法等の当否

1  初診時及び入院時における龍介の気管支喘息の程度

(一) まず、原告らは、龍介は初診時軽発作程度の病状を示していたにすぎない旨主張する。確かに、前記認定のとおり龍介は被告病院に来院するまで格別日常生活や仕事に対し支障なく生活していたものであり、龍介の被告病院への入院期間も二週間という短期間が予定されていたこと、初診時及び入院時の食事も通常食を摂取していたことからすれば、龍介の右時点における病状は軽発作程度であつたことが窺われなくもない。

(二) この点につき、被告中西は、初診時龍介は中から重症状の中間にあり、重症化する可能性があつた旨供述し、その根拠として主として聴打診所見、簡易肺機能検査、血液検査の結果を挙げるので検討する。

(1) まず、被告中西は、初診時の聴打診によれば、胸部に著明な笛声音があつた旨供述するが、<証拠>によれば、初診時のカルテには右笛声音の記載はないこと、しかも、右供述によれば、被告中西は笛声音が軽い場合はカルテに記載せず、特別に強い場合にカルテに記載しているのであり、<証拠>によれば、六月一七日、六月二〇日、七月二三日等随所に笛声音が聴取されたことをカルテに記載していることからすれば、初診時に著明な笛声音があつたとする被告中西の前記供述は措信し難く、そうすると、初診時、龍介は顕著な笛声音がなかつたものと認めるのが相当である。

(2) 次に簡易肺機能検査の結果がパーセント肺活量67.4、一秒率48.4であつたことは前記認定のとおりであり、被告中西義章本人尋問の結果及び鑑定の結果によれば、いずれも標準値は八〇〜一〇〇であり、右龍介の値は高度の気道閉塞の存在を示していることが認められ、右事実によれば、少くとも軽発作であるとは認め難い。

(3) また、血液検査の結果についてみるに、まず、六月六日の初診時の龍介の白血球数が九〇〇〇であつた点につき、被告中西は、気管支炎を伴つており喘息を更に悪化させる状態であつた旨供述するが、<証拠>(金井泉、金井正光編著「臨床検査提要」)によれば、白血球数の正常範囲は五〇〇〇―八〇〇〇まで動揺し平均値は概ね六〇〇〇位であるが中には八四〇〇位という人もあることが認められ、そうすると、同号証において指摘する、白血球数が正常よりも増減することは病的でありその程度が高度なほど病的機転は強いことを考慮しても、本件の龍介の場合に右正常範囲を大幅に越えているとまではいえず、被告中西の右供述は措信し難い。

(4) 次に、<証拠>によれば、喘息は過敏性、アレルギー性疾患であり、患者が過敏性を持つているときは血液像に変化が出、特に白血球分類中のエオジンが過敏性反応を示すため喘息の判定材料となることが認められる。しかして、前記認定のとおり、龍介の初診時のエオジンの数値は五であるところ、被告中西は、正常は0.5〜1であつて喘息で五は異常に多く龍介には過敏反応があつたと供述する。しかしながら、右エオジンの数値に対する被告中西の考え自体動揺した供述となつているほか、<証拠>によれば、エオジンの数値は論者により変動範囲はあるものの概ね一〜五は正常の範囲内である(平均値は三)ことからすれば、龍介の場合、右値が若干高めであるがいまだ過敏反応を示すほどではなく、被告中西の右供述は措信し難い。

(5) しかも、そもそも初診時の血液検査結果が被告中西の初診時に直ちに得られ、被告中西が右検査結果に基づき龍介を気管支喘息と診断したかどうかは以下に述べるとおり、これを肯認する被告の供述にもかかわらず、極めて疑わしい。すなわち、<証拠>によれば、被告病院では各種検査結果につき同報告書上、という表示のあるもの(例えば八月二日付け血液1(報告書)や臨床化学1(報告書)など)と右表示のないもの(例えば六月八日付け臨床化学1(報告書)など)があることからすれば両者は明確に区別されていたものと推認しうること、そして被告中西義章本人尋問の結果によれば、右と表示のあるものは治療上即座に必要なため出させるものであることが認められるところ、<同証拠>によれば、龍介の症状が悪化した昭和五四年七月三一日及び八月二日の検査結果報告書にはすべての表示があり右供述を裏付けていること、しかるに初診時の六月六日付け血液検査1(報告書)にはの表示がないことからすれば、右検査結果は初診時に即座に出されていなかつたものと推認され、そうすると被告中西は初診時の気管支喘息診断にあたり右検査結果を判断資料として充分に検討していなかつた疑いが極めて濃厚というべきである。

(三) 以上の諸点を総合すると、龍介の初診時及び入院時の気管支喘息の程度は、原告主張のごとく軽発作でなく、また被告ら主張のごとく重積状態にあつたものとも認められず、結局、右当時中等度の発作程度であつたと認めるのが相当である。

2  副ス剤の投与の実際

(一) 請求原因4(二)(3)の事実は、副ス剤が生命の危険がある場合にやむなく用いられることを除き当事者間に争いがなく、同4(三)(1)の事実は消化管潰瘍の発生、死亡率及びホルモン量の検査義務を除き当事者間に争いがない。

(二) <証拠及び文献>(勝正孝著「内科領域における副腎皮質ステロイドの臨床」、保健診療における治療指針集、中村晋著「気管支喘息診療の実際」)によれば、論者により多少の幅があるものの、副ス剤の使用については、安易にこれを使用してはならず、重積状態の場合を除いては、まず気管支拡張剤を原則とした対症療法により呼吸困難の回復を計るべきであつて、右療法により治療効果が期待される場合は最初から副ス剤を使用せず、右療法が無効であるか十分な治療効果の挙がらない場合に初めて副ス剤を使用すべきであること、そしていつたん投与を開始した場合には即刻離脱に関する配慮が必要であり、大量、長期間投与後、突然投与を中止すると急性副腎不全を起こして短期間のうちに死亡することがあり、又その離脱を誤まると各種の副作用が出現し、原疾患の再燃悪化を惹起することが医学上の定説となつていることが認められる。

(三) さらに、鑑定の結果によれば、気管支喘息患者に副ス剤を投与する場合は大別して次の二つの場合があることが認められる。すなわち、

(1)大量衝撃療法―発作重積状態に際して行われる。このような場合には副ス剤の大量投与の最優先の適応となり主にハイドロコーチゾンなどの静脈内投与が行われる。

(2)維持療法―喘息の重症発作が副ス剤の大量投与によつて寛解した場合引続き投与量を漸減しながら発作を抑制する最低量の副ス剤を長期投与する。この場合は通常プレドニゾンなどの合成副ス剤の内服投与が行われる。

また、発作重積状態に際しては通常一〇〇〇〜一五〇〇mgの輸液と共に二〇〇〜五〇〇mgあるいは必要に応じて一〇〇〇mgまでの大量のハイドロコーチゾンを一回又は分画静注することによつて数時間後に発作が寛解することが知らされている。

しかも、副ス剤は、気管支拡張剤に属するキサンチン系薬剤(例えばネオフィリン)、β受容体刺激剤(例えばアドレナリン、エフェドリン)及び抗アレルギー剤などと並び対症治療薬の範疇に属し、気管支喘息に対する原因療法薬でないが、これらの薬剤の中でも副ス剤は気管支喘息特に発作重積状態に対して特効的効果が期待される薬剤であること、しかし、一方で他の対症治療薬に比べるとその作用機序が一元的でなく作用機転に明確でない部分もあり投与方法や投与量については経験的な原則に従わなければならないこと、いつたん投与を開始した場合には即刻離脱に関する配慮が必要であること、投与法を誤ると離脱が困難となり各種の副作用の出現や原疾患の再熱悪化が引き起こされることがあるといつた欠点をもつている。したがつて、重積発作以外の中発作以下の場合には原則的な薬剤選択順位としてまず十分量の気管支拡張剤もしくは抗アレルギー剤を使用し、これらが無効であることが確認された時点ではじめて副ス剤の使用の決定を行うことが医学上の常識となつていることが認められる。以上の各認定に反する被告らの各見解については、これを肯認するに足る証拠はなく、いずれも採用することができない。

(四) そこで、本件についてみるに、被告中西は中等度の患者にすぎない龍介に対し初診当初から副ス剤であるハイドロコートンを継続投与したのみならず、その後も同様副ス剤であるソルコーテフ等の投与を継続投与し、その後突然右投与を中止していることは前記認定のとおりである。そこで、順次検討するに、

(1) まず、初診当初の投与については、右投与方法は前記の医学上の定説とされる副ス剤の投与方法に照し、極めて特異なものというべきである。もつとも、被告中西は、初診時、既に気管支拡張剤が無効であつたかのごとき供述をしている。なるほど、前記認定したところによれば龍介は既にネオフィリン等の気管支拡張剤の投与を受けていたことが明らかである。しかしながら、右気管支拡張剤が被告中西の初診当時、既に無効であることが確認されていたことを認めるに足る証拠はないのみならず、かえつて<証拠>によれば、被告病院のカルテ、看護日誌に大阪厚生年金病院における診療経過に関する事実の記載が一切ないことからすれば、被告中西は龍介に対して従前なされていた気管支拡張剤の投与内容につき充分な検討をしなかつた疑いがあり、いずれにしても右供述はにわかに措信し難い。

(2) 次に、入院期間中の継続投与についても、鑑定の結果によれば、大量衝撃療法に始まり投与量を漸減し維持療法に移行していくという副ス剤の治療方法がとられるべきであつたにもかかわらず、被告中西は、龍介の病状悪化に対する対応として、合成副ス剤の内服投与の増量によるのではなく、ハイドロコートンやソルコーテフの点滴を増量しているのであつて、その結果、喘鳴発作を遷延させ、右副ス剤を頻回に投与せざるを得ない状況に陥らせたものであることが認められ、この点でも前記医学上の定説に沿わない治療行為があつたと認めざるを得ない。

(3) 更に、副ス剤の継続投与の突然の中止についてみるに、鑑定の結果によれば、副ス剤の副作用として、投与中断に伴う離脱症候群があり、大量の副ス剤を長期間にわたつて投与した場合には投与中惹起される副腎機能抑制が持続するため副腎機能の脱落症状が出現し、その投与中止により患者は抑うつ的な精神状態に陥り各種の不快な症状を訴える場合が少なくないこと、しかし気管支喘息の治療にあたつて離脱症候群の中最も重要な点は原疾患の再燃、再悪化であつて副ス剤の離脱にあたつて治療を担当する医師が最も注意を払う必要があることが認められる。

これを本件についてみるに、六月下旬以降発作の程度と回数が著しく軽減し始めたため、七月二日から一時副ス剤の投与を中止し、龍介は、七月四日に退院したが、七月五日には喘息発作が再発して再入院するに至つたことは前記認定のとおりであるところ、鑑定の結果によれば、七月五日の発作再燃は明らかに副ス剤の突然の中断による離脱症候群の結果としての原疾患の再増悪とみなされ、その結果七月五日以降更に発作が重症化遷延し、その後の治療を困難なものとしたことが認められる。

もつとも、被告中西は、副ス剤を突然中止する方法は通常の治療方法である旨供述し、<証拠>(中村晋著「重症喘息の治療」)には、右供述に副う記載も認められるが、龍介のその後の症状の重症化をみれば、右中止が治療の効果を有したものとは到底認め難く、右供述はにわかに措信し難い。また、<証拠>からすれば、喘息はあらゆる外界の刺激や生活のあり方、精神的要因が鋭敏に影響することが認められるところ、被告中西は、七月五日の喘息の再発作は龍介の退院を契機とする環境変化による一時的な病勢の高まりにすぎない旨供述するが、病勢は一時的でなく確実に重症化の一途をたどつているのであり、右供述もにわかに措信し難い。

3  副作用の発生とそれに対する措置

(一) 前記認定のとおり、龍介は症状の悪化した昭和五四年七月三〇日から死亡するまで数回にわたり茶色血液様あるいは茶褐色吐物を多量に排出したものであるところ、右吐物には血液が混入していたものと推認され、かつ、<証拠>によれば、吐血は、消化管上部よりの出血に基づくもので、食道、胃、十二指腸からの出血によること、そして吐血をきたす主な疾患としては、胃及び十二指腸潰瘍、胃炎、胃癌があり、このうちでも潰瘍が多いことが認められ、右事実によれば、本件において、龍介は、胃あるいは十二指腸の消化管に潰瘍を生じて出血しその結果吐血していたものと推認される。

そして、右消化管潰瘍の原因を検討するに、<証拠>には、副ス剤使用の影響による潰瘍発生及び気管支喘息患者が消化性潰瘍により死亡する率が上昇していることが指摘されているほか、鑑定の結果によれば、本件において長期間使用されていた副ス剤そのものが消化性潰瘍を最も招来し易い因子であることが認められることからすれば、龍介の消化管潰瘍は副ス剤の副作用として発生したものと推認すべきである。

(二) しかるところ、鑑定の結果によれば、副ス剤投与中の患者に対しては、血清電解質の測定、心電図検査、喀痰検査などの感染に対するチェック、尿糖の検出、血圧及び体重の測定、血糖の測定、潜血反応及びツベルクリン反応などの諸検査をなすべきところ、本件では血糖の測定以下三点のチェックについてはまつたく行われていないこと、その余のチェックポイントについては一応行われているが十分な頻度ではないことが認められるのであり、そうすると、被告中西が副ス剤投与に対処すべき十分な措置を講じていたとはいい難い。また、前記消化管潰瘍についても、<証拠>によれば、副ス剤による潰瘍は重篤にもかかわらず自覚症状が少なく、触診による圧痛や抵抗も少なく、前駆症状がなく突然の穿孔又は大出血をきたす場合が多いので、常に潜血反応を頻回に検査し、上腹部異和感程度でも十分注意し、疑わしければ胃X線検査、胃液検査を行う必要があることが認められ、成立に争いのない甲第九号証の三においても、潜血反応は消化管の潰瘍性機転を起こす疾患の診療には不可欠の検査であるとされているところ、被告中西義章本人尋問の結果によれば、被告中西は潜血反応の検査指示をせず、潰瘍も疑つていなかつたことが認められるから、被告中西は、消化管潰瘍に対する処置を欠いていたものというべきである。

三ヒスタグロビン継続投与の当否

1  請求原因4(四)(1)のうち、ヒスタグロビンの注射方法及び中等度発作の場合の使用禁止を除いて当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実に、<証拠>及び鑑定の結果によれば、ヒスタグロビンはアレルギー性疾患を治癒させることを目的とした抗アレルギー製剤であつて、病状の一時的な鎮静を目的とした対症薬でなく、原因療法(本態療法)の一つに属し、非特異的変調療法と考えられていること、薬理作用として注射後数時間で効果がみられることがあり(速効的効果)、また、ヒスタミンに対する免疫的効果とは別に二ないし三日から数日に現われる比較的早期の効果も示唆されていること、発作あるいは症状の一時的な鎮静を目的とした対症薬でなく、数回の注射によつて患者の体内に徐々にヒスタミンに対する防禦力を誘起させるものであるから、一般に効果の発現は緩徐で、通常注射終了後三ないし四週間を要し、効果の持続期間は患者によつて異なるが、通常数か月間、長い場合には数年間持続すること、用法・用量は、一回にヒスタグロビン一バイアルを皮下注射し、通常大人は四ないし七日間隔で三回注射し一クールとすること、一か月以内に十分な効果の現われない場合に更に一、二クールの注射を反復し、また、いつたん現われた効果を維持するためには通常三ないし四か月ごとに一回の注射を反復すること、使用上の注意としては、激しい喘息発作時等著しく衰弱している患者には投与しないこと、副ス剤常用患者(本剤の投与量を適宜減量する)、特に過敏性の強い患者(初回量を適宜減量する等の注意を行い漸次増量する)には慎重に投与すること、呼吸器・皮膚に対する副作用として、注射後一過性に喘息・鼻・皮膚症状が増悪することがあり、この場合は次回減量して継続すると漸時軽減すること、万一増悪が著しい場合はその後の投与を中止する必要があることがそれぞれ認められる。

3  そこで、本件について検討するに、前記認定のとおり、被告中西は、ヒスタグロビンを連続投与したほか副ス剤と併用して同時に投与していることが認められる。しかるところ、ヒスタグロビンの連続投与について、被告中西は、速効的効果及び遅効的効果を期待して投与した旨供述するが、前記認定のとおり、ヒスタグロビンは、薬理作用中に速効性のあることを全くは否定しえないものの、対症薬でなく、遅効的効果を期待して体質改善を計るのが主目的の薬であること(この点副ス剤と異なる)からすれば、被告中西にこの点の認識が欠如していたとの疑念を禁じえないのであつて、この点に関し、被告中西はあいまいな供述態度に終始し、また副ス剤との併用についても納得のできる合理的な説明を示していない。したがつて、被告中西は、前記認定の用法・用量及び使用上の注意とは明らかに異つた独自の対症的使用方法を行つているものであり、かえつて、ヒスタグロビンの呼吸器に対する副作用として喘息症状の増悪、誘発が認められることからすれば、特段の反対証拠のない本件では、右誤つたヒスタグロビソの使用自体が龍介の喘息発作の再燃増悪の誘因となつたことを否定することはできない。

四以上の二、三の各判示のとおり、被告中西は龍介に対する治療において、医学上の定説を著しく逸脱する薬剤投与を行つたほか、それに起因する副作用に対する適切な措置を怠つたことにより、後記認定のとおりこれが原因となつて龍介を死に至らしめたものであるから、その余の原告主張について判断するまでもなく被告中西の注意義務違反は免れないものというべきである。

第四因果関係

一龍介の死亡の原因について検討するに、前記認定のとおり、龍介は急性心不全により死亡したものであるところ、その直接原因については、鑑定の結果によれば、被告中西の特に副ス剤の非原則的投与方法が主因となつて気管支喘息発作が次第に重症化し呼吸不全が進展して高度の低酸素症を併発して死亡したという通常の喘息死であると推定されていることが認められるほか、前記認定のとおり、龍介は被告病院に入院するまでは必ずしも重篤な症状であつたとはいえなかつたにもかかわらず、被告病院に入院して被告中西による前記認定のとおりの内容の治療を受けた結果、入院後わずか二か月足らずの期間に死亡したものであること、被告中西の副ス剤投与と龍介の苦悶状況が密接に関連していること、そして他に龍介の急激な死亡につき重大な影響を及ぼす要因の見い出せないことからすれば、右被告中西の過失行為と龍介の死亡との間の因果関係を肯定せざるを得ない。

二もつとも、被告中西は、龍介の死因は、原告孝子が七月二九日午前一一時二〇分ごろ、消化不良の状態にある龍介に多量のすしを食べさせたため、龍介に急性胃拡張(胃アトニー)及びこれによる胸部圧迫に基づく呼吸不全と中毒症状を引き起こさせ、急激に龍介の全身症状を悪化させて心不全を招いたことによるものである旨主張し、<証拠>中には右に沿う供述がある。しかしながら、まず、前記認定のとおり、龍介は七月二七日から症状が悪化しており七月二九日も症状は好転しておらず、七月二八日からは従来通常食だつたのが流動食に変更され、七月二九日朝には龍介は全粥を中等量しか摂取していないこと、しかも原告孝子が龍介と面会した同日一一時二〇分ごろ及びその数時間前の症状も、喘鳴、胸内苦悶があり、起坐呼吸で酸素吸入が続行されていて病状は悪化しており、到底すしを摂取し得る状況にはなかつたことが認められ、また、前掲乙第一号証によれば、同日午前八時二〇分、三〇分、午前九時、九時一五分、二〇分、二五分、四〇分、一〇時という具合に看護婦が龍介の病状を克明に観察しこれを看護日誌に記載しているにもかかわらず、右嘔吐物に関する記載は一切なく、カルテにも記載されていないことが認められ、さらに前記認定事実によれば嘔吐物は茶褐色胃液様のものであつたこと、その他原告倉持廣子及び原告倉持孝子各本人尋問の結果並びに鑑定の結果を併せ考えると、むしろ、原告孝子が龍介にすしを食べさせた事実はないというべきであり、この点に関する被告中西の前記供述はにわかに措信し難く、他にこれを裏付けるに足る証拠はない。

三なお鑑定の結果によれば、龍介は七月三〇日に従来の胸内苦悶とは質的に異なる高度の呼吸困難が発症したとしてこれが新たな肺内合併症の出現の可能性を指摘していることが認められるが、その原因が本件治療行為とは全く別個の原因又は不可抗力によるものとは具体的に指摘していないから、右治療行為と本件心疾患との因果関係を否定又は中断するまでには至らないものというべきである。

第五被告らの責任

一龍介が被告病院との間で、昭和五四年六月六日、龍介の病的症状の原因解明及び病状に適した的確な治療行為をなすことを内容とする医療契約を締結したことは、原告らと被告病院の間で争いがない。

二(1)  そして、被告中西は被告病院の院長として同病院に勤務する医師であるから被告病院の履行補助者というべきところ、被告中西の診療内容は前記認定のとおり、右医療契約上の債務の本旨に従つた履行ではなかつたものというほかなく、右債務不履行につき帰責事由のないことを証するに足る証拠はないから、被告病院は、民法四一五条に基づき、原告孝子及び原告大介が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(2)  次に、被告中西は、前記認定のとおり龍介に対する治療につき過失があるから、民法七〇九条、七一〇条、七一一条に基づき、原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任があり、また、被告病院が被告中西の使用者であつて、被告中西が被告病院の業務の遂行としてなした治療行為により龍介を死亡させたものであることは、既に認定したところから明らかであるから、被告病院は、民法七一五条に基づき、原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

第六原告らの損害

一龍介の損害

1  死亡による逸失利益 金三九〇三万九二六八円

2  慰藉料 金三〇〇万円

3  相続<省略>

二葬儀費用 金三一万四四〇〇円

三原告らの慰藉料

1  原告孝子 金四〇〇万円

2  原告大介 金二〇〇万円

3  原告廣子 金一〇〇万円

四弁護士費用

原告孝子については金一二〇万円、原告大介については金一四〇万円、原告廣子については金三〇万円。

第七結論<省略>

(久末洋三 中本敏嗣 三浦潤)

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